黒猫屋依頼ノート T

ぶろーくん・ひゅーまん

 昔、幼稚園や小学校では「何かあったら何でも先生に言ってね」なんてよく言われた覚えがある。
私は「先生に話すほど大きな問題じゃない」という意地っ張りだったので、幼稚園・小学校の先生方はさぞかし私を生意気だと思っただろう。
―そんな私、湯原理佳は、最近自分では解決できない問題の存在を知った。
「…ストーカーねぇ。最近の中学生は随分とモテるもんだ、全く」
「そんな輩にはモテたいと思ったことは、一度もないですけど」
「いや、そりゃそうだろ。…けど、湯原くらいなら、ストーカーなんて叩き潰せやしないのか?」
担任の西川先生が、シャーペンを指で回しながら私に言った。
「お前さん、合気道でどうにかできるだろう」
「できないから先生に相談してるんでしょう?」
「へいへい。で、どんな格好か覚えてるか、そいつは」
先生はシャーペンを左手に握りなおし、ノートのページを開いた。
「…黒の帽子を深く被って、灰色のジャンパーを着てました。下はジーパンです。…顔は、笑ってました。何でかわかんないけど」
先生の手が、ぴたりと止まった。
「……4人目か」
「4人目?」
「あぁ。…同じような格好の人物につけられてるってのを相談されてる」
長い溜息が、二人しかいない生徒指導室に響く。
「怪我人は出ちゃいないが、ナイフ振り回したりって言うのもあって、学校側も警戒してる」
「…でも、改善されてます?」
私が訊くと、先生は首を横に振って、
「全っ然、だ。何せ逃げ足が速いらしくてな、なかなか捕まらないんだ」
「…学校って信頼できないですね」
「しょうがないだろ、皆おっさんよおばさんで、とても長く走れるような年じゃねぇんだからさ」
―いいのか、若い先生方に訊かれたら一溜りもない言葉をこんな場所で吐いて。
「…さてと、今日はこれくらいにしよう。もうこんな時間だ」
先生は腕時計を見せ、私にもう六時半であることを示した。


 「…で、何故先生が私と一緒に帰ってるんですか」
「そいつが今日のこのことやってきたらぶちのめす為」
そういって先生は、カバンの中から分厚い本を取り出した。
―どこからどうみても、図書室のラベルが確認できる。
「それ、投げるつもりですか?司書さんに怒られますよ」
「大丈夫、汚れん程度に投げる」
絶対嘘だ、この人なら手加減なしで図書室の本でも的に投げつけるに違いない。
「…はぁ……。第一、先生は何でそんなに横暴な作戦ばっかり考えるんですか、もっと穏やかに事を済ませようとは思わないんですか?」
私が呆れて尋ねると、先生は、
「思わん。体罰で懲りるのが一番なんだよ、こういう輩は」
と断言した。
―そんな先生は、言うまでもなく、不良生徒指導役だ。
「…もう、家着いちゃいますけど、私。」
「ちぇ、逃げたか」
「何言ってるんですか、出なくて良かったです。」
私は少し後ろを歩く先生の方を振り返り――。
「……ぁ……!」
立ち尽くした。
「…湯原?」
先生は振り返った途端、拳を構えた。
「お前か、常習犯は?」
私たちの視線の先に居たのは、全身真っ黒の服に身を包み、帽子を深く被った、「いつもの」ストーカーだった。