walking in the rain

 水無月の真っ只中。相変わらず、外は土砂降りだ。
だから僕は、同棲中の彼女と部屋でごろごろしている。
「…太るなぁ、これじゃあ。」
僕は呟いた。このまま休み中、外に出なかったら、間違いなく体重は右肩上がりだ。
見た目は細い僕も、これ以上体重が増えたら流石に太くなるだろう。
「あら、いいじゃない。警備員なら、もう少し太った方がいいわよ。」
マグカップのコーヒーを一口すすり、僕の彼女は笑って言った。
警備員の仕事と、体型はあまり関係無い気がする。
反論しようにも、当の彼女は、湿気の所為だ、なんて言って、少し癖の強い黒髪をいじっている。
「これでも体脂肪率高いんだよ、僕は…。」
「高いなんて言っても、10%前半でしょ?今まで1桁だった時の方がおかしいわよ。」
「…じゃあ君は、いくつなんだい?」
そう訊き返すと、彼女はムッとした顔で、
「…女性と男性じゃ平均が違うでしょ。」
と言って誤魔化した。気にしていたらしい。

 数分後。
ずっと黙っていた彼女が、いきなり呟いた。
「……そうだ。せっかくの雨なんだから、散歩でもしない?」
思いきり言う場面が違っていた。
「…普通、晴れの日に行くだろ…。」
「あら、散歩をするのに晴れの日である必要はないでしょ?」
彼女は、とても楽しげな声で答える。
「レインコートにしようかしら、それとも傘…?」
「傘がいいんじゃない?」
「…1本しかない。レインコートね。レインコート、持ってる?」
「あるよ。仕事で使うやつ。」
僕はクローゼットから無色のレインコートを出して、着た。はっきり言って寒い。
レインコートを着て玄関に行くと、黄色いレインコートを着た彼女が待っていた。
「ほら、早く行きましょう。カタツムリが逃げちゃう。」
…1分や2分遅れても、カタツムリはいくらでもいるだろう、と思ったが、彼女の機嫌を損ねるのは面倒なので、心の中に留めておいた。
「…楽しい雨ね。」
彼女はとても楽しそうに言った。

 土砂降りは、僕らが外へ出ても相変わらずだった。
「…君って、雨女?」
僕が訊くと、
「まさか。私は雨の味方であるだけよ。」
と彼女は答えた。
「…雨の味方って、何だよそれ。」
「雨が降るのを助けてあげるのよ。私が居ると雨は強くなれるの。」
自信満々に、彼女は言った。
「…それって、雨女と大して変わらない気がするんだけど…。」
「あら、随分変わるわよ。私の力なんてきっと、微弱でちっぽけなものよ。雨女は雨をもたらす強い力があるのね。…羨ましいわ。」
彼女はうっとりとした表情で僕に語った。
「雨が好きだね、君は。」
苦笑いを浮かべて、僕は言った。
「……あなたは、雨が嫌い?」
ふと顔を僕の方へ向け、彼女は真剣な顔で僕に問うた。
―雨の音が、僕らの間を突き抜けた。


 彼女の言い様は、まるで彼女自身と雨が=で繋がるかのようだった。
「…雨の日に、母親が死んだんだ。交通事故で。…僕の目の前で、だよ。」
彼女は、僅かに表情を変えた。
「僕が見ないで飛び出したのを、かばったんだ。…5歳の時だったかな。」
雨は、変わらず降り注ぐ。
「まだ鮮明に覚えているよ。血塗れになって、車に潰されてた母さん…。」
僕は上を向いた。雨が、頬を滑り落ちる。
「…思い出すんだ。雨の日になると、あの時のことを。」
「……そう。」
絞り出したように、彼女は呟く。
「…雨は悪くないわ。…それに、あなたも、お母さんも悪くない。」
彼女は、誰かに言い聞かせる。
「全部、偶然だったの。偶然が重なって、あなたは助かり、お母さんが亡くなられた。もしかしたら、その逆だったかもしれない。」
そこまで言い、彼女は一旦言葉を切る。
「…私とあなたが会ったのも、偶然。…偶然を否定しないで。」
「別に、否定なんか…。」
「してるじゃない。過去を嫌悪するのと、偶然を否定するのは同じことよ。」
「…じゃあ、僕にどうしろって言うんだよ?」
僕は、段々と彼女の言葉に苛立ちを感じ始めていた。
「……どうしろとも言わないわ。ただ、雨を好きになってほしいだけ。」
「………。」
彼女は、呟いた。
「…確かに、目の前で起こったそれを見たあなたに、雨は冷たく感じたかもしれない。
けれど、冷たいだけじゃないのよ、雨って。雨は、そこに在った痕跡を消してくれる。
誰かの涙を隠し、血を遠くへ流し、悲しみを洗い落とそうとしてくれる。
雨は、太陽よりもずっと優しいの。」
レインコートの彼女は、母さんみたいな笑顔で、僕をぎゅっと抱きしめた。
「…無理に笑うんじゃなくて、心のままに泣いて。我慢するなら、思い切り叫んで。
…雨の音が、全部包んでくれるから。」

―心のままに、泣き叫んだ僕を、雨と彼女は優しく抱き締めてくれていた。











あとがき
もとは日記ノートに書いた数行の文だったんです。
私が「雨の味方」なので(苦笑)
ここまで長くなるとは思いませんでした、ハイ;
素晴らしくグダグダですみませーん(滝汗